アラフィフkamerockの書評ブログ

はじめまして!主にビジネス書の書評を投稿します。

人生は後半戦のほうが、静かにおもしろくなってきた──『弘兼流 人生は後半戦がおもしろい』を読んで考えたこと

はじめに

40代までは、 とにかく前だけを見て生きてきました。

仕事。 評価。 収入。

「止まったら終わり」 そんな感覚が、どこかにありました。

では、50代になった今はどうでしょうか。

これからの人生を、 どんな気持ちで生きていけばいいのか。 最近、そんなことを考えるようになりました。

前半戦の生き方が、少し重くなってきた

若いころは、 忙しさそのものが価値でした。

予定が詰まっていること。 誰かに必要とされていること。 それが、 自分の存在証明のように感じていたのです。

けれど、年齢を重ねるにつれて、 同じ走り方が 少しずつ苦しくなってきました。

体力の問題もあります。 気力の問題もあります。

それ以上に、 「この先も同じでいいのだろうか」 という違和感が大きくなってきました。

この本を手に取った理由

そんなときに読んだのが、 『弘兼流 人生は後半戦がおもしろい』でした。

最初は、 気休めの言葉が並んでいるだけかもしれない、 そう思っていました。

ですが、読み進めるうちに、 意外な安心感がありました。

この本は、 「もっと頑張れ」とは言いません。

むしろ、 頑張ってきた人が、 どう力を抜いていくか そんな話が多かったのです。

「後半戦」という言葉に引っかかった

この本を読んでいて、 何度も立ち止まった言葉があります。

それが 「人生は後半戦」という考え方でした。

後半戦と聞くと、 消化試合のような響きがあります。

でも、 そうではありませんでした。

後半戦とは、 無理をしないで選べる時間 なのだと感じたのです。

失わないために、生きる

前半戦は、 何かを得るために生きてきました。

経験。 地位。 お金。

一方で後半戦は、 失わないために選ぶ そんな生き方でもいいのではないか。

健康。 人間関係。 心の余白。

それらを守るために、 あえて選ばないことがあってもいい。

FIRE後の生活と重なった

FIREして、 時間の使い方は自由になりました。

けれど、 自由になったからこそ、 「どう生きるか」は 以前より重くなった気がします。

この本に書かれている 後半戦の考え方は、 そんな今の自分と 自然に重なりました。

おもしろさは、派手さではなかった

後半戦がおもしろい、 という言葉は、 決して刺激的ではありません。

大逆転があるわけでも、 劇的な成功があるわけでもない。

でも、 自分のペースで、 自分の選択を肯定できる その感覚は、 想像以上に心地よいものでした。

さいごに

人生の後半戦は、 何かを証明する時間ではなく、 納得して過ごす時間 なのかもしれません。

前よりも静かで、 前よりもゆっくりで、 それでも確かに、 自分のものだと感じられる時間。

もし今、 これからの生き方に 漠然とした不安を感じているなら。

「後半戦」という言葉を、 一度、自分なりに 受け取り直してみてもいいと思います。

📘『弘兼流 人生は後半戦がおもしろい』